2019年06月22日

モトグッツィ ルマン3 レストア記#1 【motoguzzi lemansV】

【motoguzzi lemansV】モトグッツィ ルマン3
 若き日の憧れ、モトグッツイ ルマン3についてまずは話したい。
イタリア最古のメーカーであり、ジョヴァンニ・ラヴェッリとエンジニアで社名の元となったカルロ・グッツィ、富豪のジョルジョ・パローディの3人がイタリア空軍に招集されて出会い、戦争が終わったらメーカーを立ち上げようと誓い合ったことがきっかけで創業した、なんていうのは、Wikiやネットを見れば興味を持てばすぐに理解できる内容だ。

 この1921年創業のイタリア最古のモーターサイクルメーカーはテストコースすら持たない、なんと創業当時から会社の屋上でエンジンをかけ、検品し、街中の一般道や高速道路でテストを重ねるメーカーだ。そしてロンバルディアの創業場所すら変更されたことはないのである。
つまりこの僕の愛車となるルマンも世界中で走るモトグッツィの新旧を問わず、すべて同じ場所で作られ、ロンバルディアの空や風に触れながら世界中に運び出されていった車両ということになる。

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ガレージで数年、外でカバーをかけてさらに数年放置されてしまった車両は、もちろん前オーナーが愛情がなかった訳ではなく、僕の年齢になれば他人事ではないが健康の問題と置き場所の事情でゆっくりと朽ち果てる過程にあった。
僕は青春時代にこのルマン3に憧れがあり、特別な感情があった。
ある雑誌の記事で読んだ真紅のルマン3は小僧だった時代には高嶺の花であり、生涯乗ることはないであろう手の届かない花とも思える金額だったのも覚えている。
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目の前のそのかつての高嶺の花はステップのゴムは破れたまま硬化し、リアサスのバンプラバーは土となって崩壊し、懐かしいタイヤ、ピレリファントムは弾力も失いプラスティックのように硬く、埃と砂をかぶったデロルトキャブレターは崩れ落ちる寸前のような状態でそこにあった。
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誰でもどんなに憧れていても金銭の問題ではなくても、手におえない世界というのが世の中にはあることを僕の年齢になればよくわかっているつもりだ。
前オーナーはいつか直して乗ろうと体調を崩されても所有し続けていた。その気持ちは金銭などではなく、転売などせずに末長く顔のわかる相手に譲りたい、直して乗り続けてくれる人に託したい。というものだった。
思いの深さや責任は、自分勝手ではない正当なバイク乗りならば必ず理解できるはずだ。

散々に悩み俺に手に負えるのか?自問自答を数ヶ月繰り返した。
この状態のバイクをレストア工場に出すなら、とんでもない金額になってしまうだろうし、そもそもこの年代のバイクは日本車であれ、海外であれ、乗り手がそれなりの知識を持ってメンテナンスを行えなければ長期間の維持など不可能なものである。
考えてみて欲しい、ほとんどの人は同じバイクに数年乗って乗り換える。それは悪いわけではないし、僕だってすべてのバイクを長期間維持してきたわけではない。ほんの数年、下手すれば数ヶ月で乗り換えたことだって何度もある。
それは免許条件が変わったり、使用しているフィールドが大幅に代わり、例えばキャンプや旅、林道やレース、人は欲張りにも多くの環境変化により乗り物を道具として変更して行く。

僕の年齢になると何故か時間の進みが早足に感じ、気がつけば十年なんてことはザラにあるだろ?だからこそ僕はこの若き日に惚れたバイクに向き合い、それを直し、生涯の伴侶として売ることもなく乗り続けなければならない覚悟が必要だったのだ。
だが結局、僕は写真のように跨った瞬間心が決まってしまった。
冒頭のモトグッツィの歴史に述べた通り、このメーカーは熱く、強い友情の絆によって生み出されたメーカーであり、いまだに創業の地ですべてのバイクを生み出している唯一といっていい古豪メーカーだ。
その歴史はまもなく100年を迎えることになる。
1981年から生産され、1983年までのわずかな期間に生産されたこのルマン3は、1976年の初代ルマンからの流れを汲む850ルマン最後のモデルであり、完成度も非常に高い。跨った瞬間、朽ち果てかけたルマンが僕に語りかけた気がしたのだ。それは決して助けてくれ、などというものではなかった。それは、多くのライダーが跨ったら買うしかない、跨ったら終わりだ。と思った時に感じるものと同じ、その瞬間に感じたさぁいこう、俺と走りに行こうぜ!という風と走り続けるビジョンだった。

こうして僕とこのmotoguzzi lemansV モトグッツィ ルマン3のレストアがはじまったのだ。ほんとうに僕のバイクになるのは動き出して、前のオーナーに見せにいって喜んでもらってからだと思っている。
そして愛車になるのは、前オーナーの家で迷いながらも跨った時にコイツに語りかけられたビジョンを見てからである。
posted by くらさん at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | motoguzzi
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